システムトレードのルールは、その後もいろいろ研究した。
移動平均、乖離率、売買タイミング。
ルールを作り、検証し、また修正する。
しかし、だからといって成績が大きく上向くわけではなかった。
負けることは減った。
相場で退場するようなこともなくなった。
それでも資産が大きく増えることもない。
相場で生き残ることはできる。
しかし、このままでは資産はなかなか増えない。
そんな状態が続いていた。
そこでまた、違う勉強を探すようになった。
その中で辿り着いたのが
オプション取引だった。
オプションは、少額の資金でも取引ができる。
そしてうまくいけば、大きな利益になる可能性もある。
それまでの株取引とはまったく違う世界だった。
「これなら資産を増やせるかもしれない」
そう思い、自分はオプション取引を本格的に勉強し始めた。
しかし、その挑戦は長く続かなかった。
転機は突然やってくる。
それが2011年3月11日東日本大震災の発生だ。
この出来事によって、
自分の投資はまた大きく揺さぶられることになる。
東日本大震災
東日本大震災が発生したのは金曜日だった。
その時、自分はオプション取引をしていた。
夜間取引でロスカットすることもできたが、その時は見送ってしまった。
小さくても損失を出したくなかったからだ。
しかし土日になると、ニュースの内容はどんどん深刻になっていった。
津波の映像が繰り返し流れ、被害の大きさが徐々に明らかになっていく。
「月曜日の相場はどうなるんだろう」
そんなことばかり考えていた。
資産がとんでもないことになるかもしれない。
そう思うと、まったく休まらなかった。
そして月曜日。
会社には行ったものの、頭の中は相場のことばかりだった。
とにかく市場がどうなるのか見たかった。
しかし、そこで待っていたのは想像以上の暴落だった。
寄り付きから値がつかない。
株価はどんどん下がっていき、
評価損はみるみる増えていった。
気がつけば、評価損は100万円を超えていた。
「このまま資産が全部なくなるかもしれない」
そんな恐怖を初めて感じた。
この時、自分は初めて
投資から引退することを考えた。
しかしこのままでは、
最悪の場合借金になるかもしれない。
そう思い、とにかく決済することを決断し、
急いで注文を出した。
しかし――
注文は通らなかった。
東証のシステムがダウンしていて、
注文が取り消されてしまったのだ。
「もうだめだ」
そう思い、途方に暮れていた。
しかしその後、もう一度相場を見てみると
信じられないことが起きていた。
株価が底打ちし、下げ幅が大きく縮小していた。
まだ評価損の状態ではあった。
それでも、
「逃げるなら今しかない」
そう思い、すぐに決済注文を出し、
今度は約定した。
最終的な損失は、
マイナス25万円くらいだったと思う。
一時は評価損が100万円を超えていたことを考えると、
本当に生き残れたという気持ちだった。
当たり前だが、
この出来事をきっかけにオプション取引はもうやらないと決めた。
資産も目減りしてしまった。
この先、自分はまだ
投資の世界に参加し続けることができるのだろうか。
そんなことを考えるようになっていた。
しかし、それでも相場から離れるという選択肢はなかった。
もう一度、最初から勉強し直そう。
そう思い、次に手を伸ばしたのが
FX(外国為替証拠金取引)だった。
この時はまだ、
その選択が自分の投資人生の大きな転機になるとは思っていなかった。
(次回へ続く)

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